東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)146号 判決
一 原告が本件登録実用新案の権利者であつたところ、被告が原告主張のとおりの経緯でその主張のとおりの権利範囲確認審判の請求をし、その主張のとおりの審決を受け、同審決の謄本が原告主張の日に原告に送達されたことについては、当事者間に争いがなく、本件審決の理由の要旨が原告主張のとおりであることは、成立について争のない甲第四号証によつて、これを認めることができる。
二 (本件登録実用新案の要旨について)
成立について争いのない甲第二号証(本件登録実用新案の出願公告にかかる実用新案公報)によれば、本件登録実用新案の登録請求の範囲の項には、別紙第一の「図面に示すように、両側縁および両端部(2)を折り曲げて天蓋と周壁とを形成し、該両側縁の爪(4)に、両端部(8)を上方に折り曲げた底板(7)の両側縁を支持せしめて成る函状鎖片(1)の両端部内に、ほぼU字形に折り曲げてその両脚部(6)の内側面をほぼ平坦に形成した各一対の連片(5)(5)の各一方の脚部をそろえて挿入するとともに、各他方の脚部を該函状鎖片(1)と腹合せに対向する両隣りの函状鎖片(1)の両端部内にそれぞれ挿入して、それら各脚部(6)(6)の内側面を常時に底板(7)の両端面を弾圧せしめるとともに、各連片(5)の折曲部を前記両端部(2)に被覆せしめることによつて、多数の函状鎖片を順次に連鎖し、かつ、各両端部(2)のいずれかまたは全部に切欠(3)を設けて成る腕鎖の構造」と記載されていることが認められる。ところで、この記載のうち「各両端部(2)のいずれかまたは全部にそれぞれ切欠(3)を設け」たとの部分が、本件登録実用新案の構成に欠くべからざる事項の一つであるかどうかが本件における重要な争点であるので、この点について考える。
前掲甲第二号証によれば、本件登録実用新案の説明書中「実用新案の性質、作用および効果の要領」の項には、第一段に、前示登録請求の範囲の項記載の構造と同一の構造のほか、その末尾に、登録請求の範囲の項に記載されていないカバー(10)′と下列函状鎖片の側壁に打ち出された突起(10)との構造部分が、第二段前半に、本件登録実用新案にかかる腕鎖の作用、従来の鎖帯の構成とその欠点および本件登録実用新案の目的が、第二段後半および第三段に、本件登録実用新案の効果が、第四段に、登録請求の範囲の項に記載されていない突起(10)の効果が、第五段において本件登録実用新案の効果の要約が、それぞれ記載されていること、そのうち、右第二段後半および第三段における本件登録実用新案の効果記載の部分は、(一)「両端部(2)および両側縁を折り曲げかつ底板(7)の両端部(8)をそれぞれ上方すなわち天蓋の方向に折り曲げ(浮上し)て弾性を具有させたから、在来品のように管状鎖片の内部に別に板状の弾機を収設する工作上の煩雑と資材の消費を省き、しかも、該底板(7)の両端縁(9)は下方の弧状をなしてその弧状外面によつて常に扛上されている連片(5)の折曲部を両端縁(2)によつて阻止されて移動しないから、鎖帯を伸張するときは、連片(5)はまず傾斜して底板(7)の両端部を抑圧しながら、その両脚部(6)を同時に底板(7)の両端部(8)とたがいに弾圧し合つて両脚部相互間の間隙は幾分拡開するとともに、底板(7)の両端部(8)も鎖帯の両外脇の方向に開張し、両端縁(9)は連片(5)の内側面に沿うて漸次に摺動しながら進行方向を下向に転換して緩衝する(第七図参照)から、連片(5)を外側方に押し出すことがなく、したがつて、摩擦抵抗は少なく、また、鎖帯の牽引程度の強弱による連片(5)の傾斜角度の大小にかかわらず、連片の折曲部は常に折曲両端部(2)によつて抑止されて外れることはほとんどない(第五図参照)から、在来品のように伸張し過ぎることによつて連片が抜出するような危険がないばかりでなく、連片(5)の折曲部は装着中に最も他物に接触しやすい位置にあるから、本案は、この部分を折曲両端部(2)で被覆したことによつて、手触りを良好ならしめ、また、衣服のそで口に引掛らないようにしたのである。」、(二)「つぎに、本案は、鎖帯の長さの大小を調節するため、函状鎖片(1)より連片(5)を取り外す場合には、連片(5)を極度に傾斜せしめつつその脚部(6)を函状鎖片(1)の中心線の方向に幾分もどして切欠(3)に該当させて引くことによつて、切欠(3)内より容易に抜出することができ、また、これと反対に操作して、さらに函状鎖片を追加連鎖して鎖帯の長さを増加することができる。」となつていることが認められる。
そこで、右登録請求の範囲の項の記載と効果の記載とを、以上認定にかかる本件登録実用新案の説明書の全記載に徴し、対比して考えるのに、この登録請求の範囲の項に記載された構造の全体から右記載の効果がもたらされ、両者は、たがいに過不足なく即応していること、右効果のうち(二)の効果は、登録請求の範囲の項中の「各両端部(2)のいずれかまたは全部にそれぞれ切欠(3)を設け」た構造部分にもとずくものであることが明らかである。さらに、本件登録実用新案の腕鎖における函状鎖片(1)は、両側縁を折り曲げ、これに爪(4)を具えるほか、両端部(2)を設け、天蓋と周壁とを形成したものであり、前掲甲第二号証によれば、従来の鎖帯が「連鎖の手段においてコ字形の連片の内側に横溝を設けて、これに板発条の両端の折曲部を嵌入して連片と彎曲片とを係合することによつてのみ鎖帯を形成したものであるから、鎖帯の両外側には常に連片の鋸歯状に突出した凹凸部が衣類のそで口に引掛つて、装着具合が悪く、ことに鎖帯の輪状を拡大して手を挿通する際に、連片の縁により腕面を引きかくおそれがあるばかりでなく、また、鎖帯を牽引したときに発条の両端部が両外側に延長し、これに係合している連片も、ともに鎖帯の両外側の方向に移動し、鎖帯の両側縁に凹凸部が突出する不便があ」る等の不都合があつたのを、本件登録実用新案においては、右のとおりの構成を採用することにより、その欠点を除去しようとしたものであること、この函状鎖片における天蓋と周壁の形成、ことに、両端部(2)を折り曲げて連片(5)を被覆するようにしたことから、ひいて、鎖帯の長さの大小を調節するための連片(5)の着脱が両端部(2)の曲げ起こしをしないでできるようにこの両端部(2)に切欠(3)を設けるにいたつたことが認められ、この切欠(3)は、本件登録実用新案の作用効果上右のとおりの特段の意義を有することが知られる。
以上によれば、本件登録実用新案において、「各両端部(2)のいずれかまたは全部にそれぞれ切欠(3)を設け」た構造部分は、その考案構成に欠くことができない重要な事項と認めるのが相当であり、本件登録実用新案の考案の要旨は、前示登録請求の範囲の項記載のとおりのものと認められる。
原告は、登録請求の範囲の項に記載された事項のうちには、おのずから重要な部分と重要でない部分とがあり、本件登録実用新案の場合、切欠(3)を設けることは重要な部分とはいえず、考案構成の必須要件ではないとし、それは、本件登録実用新案の出願前には、函状鎖片の両端部に折曲片を設けこれにより連片の脱出を防止するとともに、連片と底板(板ばね)の停止装置を不要とするような腕環が存在しなかつた事実からしても、明らかであり、本件登録実用新案は、はじめてこの一連の構成を採つたところに真の要旨構造がある旨主張する。けれども、仮に本件登録実用新案の出願前に原告のいう右一連の構成を採つた腕環が存在しなかつたとしても、この事実からは、右一連の構成が本件登録実用新案における要旨たる構造の一部であると解しうるといえるだけであつて、それからただちに、本件登録実用新案において、右一連の構成だけがその要旨たる構造の全部であるといいえないことは、いうまでもなく、前示判断をくつがえすに足りないから、原告の右主張は、失当というのほかはない。
また、原告は、登録請求の範囲の項中、切欠(3)は「各両端部(2)のいずれかまたは全部に」設けるとの点について、およそ、腕鎖を各人の腕のまわりに合致するよう調節するにあたつては、一こままたは二こま程度の調整が必要であり、もし、このような微調整をすべてこの切欠をもつてしなければならないものであれば、考案者は、当然、両端部の全部に切欠を設けることを要求したであろうのに、右のとおり「いずれかまたは全部に」としたのは、切欠のない場合も十分考慮されているのであつて、切欠の存在は、本件登録実用新案において、不可欠の要件とされていないことは明らかであると主張する。けれども、本件登録実用新案のとおり、函状鎖片の両端部(2)(2)を折り曲げこれにより連片が脱出しないようにした腕鎖においては、前示認定のとおりの作用効果を収めようとする以上、少くとも、鎖帯の長短の調節をすべき函状鎖片の両端部(2)(2)には、切欠(3)(3)を欠くことをえないことは、多く説明をまつまでもない。しかも、登録請求の範囲中、各函状鎖片の「両端部(2)のいずれかまたは全部にそれぞれ切欠(3)を設け」た構造は、その記載自体からみても、腕鎖を構成する函状鎖片のいずれにも、切欠(3)がまつたくない場合があることを示しているものと解することは、とうていできない。したがつて、原告のこの点の主張も採用しえない。
三 ((イ)号磁気バンドについて)
成立について争いのない甲第三号証の二((イ)号図面および説明書)によれば、(イ)号磁気バンドは、その鎖部分については、下位鎖片<1>は、両側縁を折り曲げて側壁(3)(3)を作り、さらにそれを折り曲げて底板(4)(4)を作り、底板(4)(4)の両端部に切欠(11)(11)を設け、下位鎖片<1>の両端部(2)(2)を折り曲げて端壁を構成し、上位鎖片<2>は、両側縁を折り曲げて側壁(3)(3)を作り、さらにそれを折り曲げて底板(4)(4)を作り、底板(4)(4)の両端部に切欠(11)(11)を設け、ばね<3><4>は、中央部(7)と両端部(8)(8)より成り、山形に構成され、さらに両端部(8)(8)の先端にそれより巾の細い小片(9)(9)を有し、連片<5><6><7><8>は、U字状をなし、中央部に段部(5′)を有し、両脚の上片(6)と下片(6′)の内側面をほぼ平坦に形成し、鎖は、上下鎖片<1><2>にばね<3><4>を入れ、連片<5><6><7><8>の各下片(6)を下位鎖片<1>の両端部に、連片<5><6><7><8>の各上片(6)を腹合せに対向する両隣りの上位鎖片の両端部にそれぞれ挿入し、各連片<5><6><7><8>の上片(6)と下片(6′)の内側面を、ばね<3><4>の両端部で圧すべくし、各連片<5><6><7><8>の段部(5′)を下位鎖片<1>の両端部(2)の端壁で被覆せしめて、上下鎖片<1><2>を順次連鎖した構造(別紙(イ)号図面参照)を有するものと認められる。
四 (本件登録実用新案と(イ)号磁気バンドとの対比)
(イ)号磁気バンドが、本件登録実用新案における切欠(3)に相当する構造部分を有しないことは、当事者間に争いがない。なお、(イ)号磁気バンドには切欠(11)が底板(4)(4)の両端部に設けられているが、本件登録実用新案の切欠(3)が函状鎖片の両端折曲部(2)(2)に設けられているのとは異なるばかりでなく、この切欠(11)が本件登録実用新案の切欠(3)と同様の作用、効果を有するものでないことは、原告もあえて争わないところである。
原告は、(イ)号磁気バンドに、本件登録実用新案の切欠(3)に相当する構造部分がなくても、(イ)号磁気バンドがその他の構成作用効果において、本件登録実用新案のものに合致している限り、(イ)号磁気バンドは、当然本件登録実用新案の権利範囲に属する旨主張する。けれども、二の項で判断したとおり、本件登録実用新案において、両端部(2)(2)に切欠(3)を設けた構造部分、すなわち、「各両端部(2)のいずれかまたは全部にそれぞれ切欠(3)を設け」た構造は、本件登録実用新案の考案の構成に欠くことのできない重要な事項であるから、これに相当する構造を具えていない(イ)号磁気バンドは、本件登録実用新案の権利範囲に属しないといわなければならない。
なお、成立について争いのない甲第一〇号証(鑑定書)中には、本件登録実用新案において切欠(3)を設けることは考案の本質を変更するものではない旨の記載があるけれども、この切欠(3)が作用効果において特段の差異をもたらす構造部分にかかることは、以上に判断したとおりであつて、にわかに採用できないし、成立について争いのない甲第五号証ないし第八号証(仮処分申請書および仮処分決定)および同第九号証(東京高等裁判所昭和三一年(ネ)第一三三〇号事件判決)も、そこに示された判断の経緯ないし趣旨に徴し、いずれも本件に適切でなく、以上の判断を左右させるに足りない。
五 右のとおりである以上、(イ)号磁気バンドが本件登録実用新案の権利範囲に属しないとした本件審決は、その余の点にわたつて判断するまでもなく、正当であり、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを失当として棄却する。